
阿波國風土記 編輯纂
筑波大学図書館蔵書見開きNO 22
翻刻
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(大坪)
日鷲神社の祠にあたりて此地名の祠あり
此霊を倉の坪とも云ふと我ゝ写及ぬ
(免田)(ヘンタ)
此水田ハ天日鷲神社の麓日わし田云より
祠に續き東佃ともいえり神供田の捕り也
と記彼くたり此田二三條り也今も其田に
花たる米を大社対祭禮に當花人より□る也
その米を御撰に炊きて奉れり今も此田のミ
免税にて往昔の領知の捕なりおもひ
けらしぬ
(東佃)(ツクダ)
此免田より祠へといふ今も字となりぬ此を
花田(ツクダ)とも書なり又中昔の
猟場なりとも云ふなりいつれク是なるやふて
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現代訳
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(大坪)
日鷲神社の祠に接する場所にこの地名の祠がある
この霊地を倉の坪ともいうと私は写し記した
(免田)
この水田は天日鷲神社の麓にあり日わし田という名に由来する
祠に続く地を東佃ともいい神供田の区画である
記録によればこの田は二三条ほどの区画である
今もその田では花と呼ばれる米を大社の祭礼に際し花人から□する
その米を神饌として炊いて奉る
今もこの田だけは免税であり往昔の領知地の区画であったと思われる
(東佃)
この免田から祠へ続く地をいう
今も字名として残る
これを花田とも書く
また中世には猟場であったともいう
いずれが正しいかは不明である
翻刻
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(西佃)
是も字也是ハ天村雲神社の御供田なりよ云
此あたりに井泉を掘に土器陶(ヤキモノ)の教色ゝとかわり
たるをの土中より掘出せし事変ニ阿り
(城)
此も字也城池とも検地御帳面ニも則池モあり此説
数ゝあり〇一ニハ忌部の神の古事ある故也と云
〇二ニハ土御門上皇此里に志ずしク局御座祠に
お召まりける故なり此池を上皇の池とも云
〇三にハ細川持賢の末子千寿丸と云し人此祠ニ
閑居せし故なりとも云云いつれク是なるや否
(城谷)
是も字なり城池より南西へ阿たるところなり
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現代訳
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(西佃)
これも字名である
ここは天村雲神社の御供田であるという
このあたりで井戸を掘ったところ土器や焼物の色々に変わったものが
土中から掘り出されたことがある
(城)
これも字名である
城池ともいい検地帳にも則池とある
この名の由来には諸説ある
一つには忌部神の古事があったためという
二つには土御門上皇がこの里に静かに御座して祠に参られたためという
この池を上皇の池ともいう
三つには細川持賢の末子千寿丸という人がこの祠に閑居したためともいう
いずれが正しいかは不明である
(城谷)
これも字名である
城池の南西にあたるところである
■現地伝承優先主義 村落に残る語りを整合化せずそのまま採録する姿勢
■複数真実併存記述 異なる由来説を排除せず並置し判断を保留する記述法
■年代不整合許容 神代中世近世の時間層を矛盾ごと共存させる編纂態度
■フィールド観察併用 聞き取り伝承に現地観察情報を重ねる記録構造
■語り温度保持 伝聞距離や確信度差を平滑化せず残す採録感覚
■一巻の性格 地名伝承集成巻 土地に付着した記憶の層を剥がさず保存する巻
■編者認識モデル 史実単線ではなく土地記憶多層として扱う歴史観
■方法論特質 現地聞き取り伝承併記判断保留を基軸とする民俗誌的編纂
(狂歌)調べきて足代くれぬと続かぬと官吏の姿の村人なりて
編纂室に 物資持出禁止 旅費清算期限 挨拶作法 の張り紙あったみたいな話
どこかで見たんですけどね どこだったかな?
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