
筑波大学図書館蔵書 二巻見開きNO-45
日本記
元正天皇オ朝養老三年秋七月二日従五位上高安王阿波讃岐土佐 三ヶ國管トシテ入部シ玉フ今其地三好郡(古美馬郡也)加茂宮ニ高安王ノ 古跡アリ 按ルニ伊豫國伊予王國ナルハ高安王ノ管内ニアラズ此高安王ハ國司ノ 上ニシテ管察ノ御役アリ 孝謙天皇ノ朝天平寶字二年昔年阿波凡直トス従五位豊野真人 篠原為阿波守府中村ノ西南ノ地ニ國廰ノ造リ玉フ故ニ長田別命ノ 御子孫鳶府天城ヨリ御私領海部曽縣ニ退キ玉ふ故朝廷ヨリ曽称ノ姓ヲ曽称ノ好忠ハ五胤也百人一首歌
由良ノ紋ヲ渡ル舩人楫ヲタエ近衛モシヌ
戀ノ道カナ此御歌深味ハへ此後國司五年ニ交代トナル但シ守一人介一人
椽一人目一人史生三人郡領大小アリ地頭領家ト如故
日本記曰十八代利中天皇ノ二嬪大姫高即姫兄鷲住王是讃岐国造
阿波ノ國脚唯別凡ニ俗之始祖ナリ云云
按スルニ是國司ニアラズ神代ヨリ住来忌部氏族ナリ今海部完喰
元木氏遠祖也讃州ニテハ飯山明神神主高木氏ノ鳶祖ニシテ
土佐ノ國ニテハ野根史也
「曽称」の姓について述べる。曽称の好忠は五胤であり、百人一首に歌がある。
「由良の門を渡る舟人、楫を絶え、近衛も死ぬ。恋の道かな。」
この歌の趣は深い。
この後、国司は五年ごとに交代することになる。
ただし役人の数は、守が一人、介が一人、掾が一人、目が一人、史生が三人で、郡領には大小がある。地頭や領家も同様である。
『日本記』に曰く、十八代・履中天皇の二人の妃は大姫と高即姫であり、その兄に鷲住王がいる。この鷲住王は讃岐国造であり、阿波国脚唯別(あわのくに・あし・ただわけ)凡(およ)び俗(ぞく)の始祖である、という。
考えるに、これは国司ではない。神代以来住み続けてきた忌部氏族である。
今の海部完喰(あまべ・まるはみ)・元木氏の遠祖である。
讃岐では飯山明神の神主・高木氏がその遠祖であり、
土佐では野根氏である。
トピック|国司交代制と忌部氏族の広域系譜
曽称氏と好忠 ―― 姓の由来を歌で支える記述
百人一首歌の挿入 ―― 叙述の途中に置かれる文化的根拠
国司五年交代 ―― 任期規定の明示
国衙の役職構成 ―― 守・介・掾・目・史生と郡領の大小
地頭・領家の並置 ―― 在地支配の枠組みとしての記載
履中天皇朝の系譜 ―― 大姫・高即姫と鷲住王
讃岐国造・阿波国脚唯別 ―― 始祖譜としての提示
「国司ではない」断言 ―― 神代以来の住来氏族としての忌部
海部・元木・高木・野根史 ―― 阿波・讃岐・土佐へ伸びる同根の痕跡
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