阿波國風土記編輯雑纂 (明治写本)翻刻に挑戦しています 誤読/指摘/お気づきのある方(みんなで翻刻しませんか)

斎王臥淵

筑波大学図書館所蔵『阿波國風土記編輯雑纂』翻刻
同図書館情報提供済

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祝幣二神と金鳶阿波忌部が中央に残さなかったもの

祝幣二神と天日鷲命

阿波忌部側から読む一つの見立て

阿波国風土記巻一七十二頁から七十三頁には
神武東征に関わる記述として
天太玉命
天児屋根命
天日鷲命
の三神が
日本磐余彦尊に随行し
武勲を立てたという趣旨の記述が見える

さらにその後に
太玉
児屋根
の二神をもって
祝幣両神と称す
という趣旨の記述が続く

この箇所は
阿波忌部の立場から読むと
とても気になる

三神がともに随行したと記されながら
祝幣両神として称されるのは
太玉命と児屋根命の二神である

ここで天日鷲命は
三神の一柱として武勲に関わりながら
祝幣両神の名には入らない

この差をどう読むか

もちろん
ただちに
天日鷲命が中央に行かなかった証拠
と断定することはできない

また
祝幣両神という語が
中央祭祀における太玉命と児屋根命の役割を示すものなのか
後世の整理なのか
写本段階の接合なのか
本文の前後関係を確認する必要がある

それでも
阿波忌部側から見るなら
ここには一つの読みが生まれる

太玉命は忌部の祖として
児屋根命は中臣の祖として
中央祭祀に関わる神として位置づけられた

一方
天日鷲命は
阿波における麻
幣帛
奉織
神衣
の神として
中央の祝幣二神とは別の場所に立っていたのではないか

そう読む余地がある

ここで重要なのは
天日鷲命が劣るということではない

むしろ
中央の祝幣という枠に入らなかったことによって
阿波に残る奉織と麻の祭祀性が
別の形で保存された可能性がある

太玉命と児屋根命が
祝と幣の二神として中央祭祀に整理されていく

その一方で
天日鷲命は
阿波の地において
麻を植え
布を織り
神の衣を奉る
という職能の中心として語られる

この二つを比べると
中央祭祀の整理と
阿波側の奉織伝承とのあいだに
微妙な距離が見えてくる

この距離を
対立と見るか
分掌と見るか
後世の整理と見るか
それはまだ決められない

ただ
阿波忌部贔屓の目で読むなら
この祝幣二神の記述は
中央に立った太玉命と児屋根命
そして阿波に残る天日鷲命
という三神の役割差を感じさせる

忌部には
太祝詞という語がある

太い祝詞
太い声
低く響く祈り

そのような語感から
阿波忌部の祭祀には
言葉を華やかに整えるよりも
麻
幣帛
布
神衣
所作
沈黙
によって神に近づく姿勢があったのではないか
と考えたくなる

ただし
これも本文から直接証明できることではない

中臣が洗練された祝詞を生み
忌部が古い形の祈りを保持した
というように単純に分けることもできない

中臣氏
忌部氏
中央忌部
阿波忌部

それぞれの役割は
時代によって変わり
政治制度の中で位置づけも変化したはずである

大化改新以降
中臣氏が政治的にも祭祀的にも力を増していく

その一方で
忌部氏の職掌は
幣帛や祭具に関わる重要な役割を持ちながら
中央祭祀の中では中臣氏ほど前面に出にくくなった

この流れは
後の忌部廣成の訴えにもつながる問題として見ることができる

ただし
ここで
中臣の謀略
中央忌部の敗北
阿波忌部の沈黙
とまで断定するのは避けたい

それは魅力的な読みではあるが
史料の上に置くには強すぎる

むしろ
こう考えておきたい

中央では
太玉命と児屋根命が
祝幣両神として整理された

阿波では
天日鷲命が
麻と奉織と神衣に関わる神として重く語られた

この二つの整理は
同じ祭祀世界の中にありながら
見ている方向が少し違う

中央は
祝詞
幣帛
制度
職掌
として神を整理する

阿波は
麻
布
神衣
奉織
土地
沈黙
として神を残す

そう読めるかもしれない

長髄彦討伐に関わる場面で
三神が並んで記されることは重要である

しかし
祝幣両神として称されるのは
太玉命と児屋根命である

この差を
単なる脱落と見るか
中央祭祀上の整理と見るか
阿波側の天日鷲命の独自位置を示すものと見るか

ここは今後の検討課題である

現段階で言えるのは
阿波国風土記巻一七十二頁から七十三頁には
天太玉命
天児屋根命
天日鷲命
の三神を並べる記述と
太玉
児屋根
を祝幣両神とする記述が見える
という点である

そして
この並びは
阿波忌部の立場から読むと
天日鷲命の位置を考えるうえで
非常に示唆的である

ただし
そこから
中臣の謀略
中央忌部の失墜
阿波忌部の言挙げせずの成立
までを
一気に結論づけることはできない

それらは
仮説として
別欄に置くべきである

私自身は
阿波忌部贔屓である

だから
この箇所を読むと
中央に上がった祝幣両神のかたわらに
阿波に残る天日鷲命の影を見てしまう

その読みが正しいかどうかは
まだ分からない

けれど
阿波国風土記のこの記述は
中央祭祀の整理だけでは拾いきれない
阿波側の記憶を考える入口になる

祝詞として響く神

幣帛として立つ神

麻と布として残る神

その三つのあいだに
天太玉命
天児屋根命
天日鷲命
の関係を読み直す余地がある

本稿では
この読みを確定説ではなく
阿波忌部側から見た一つの仮説として置いておく

翻刻初心者です(笑)誤読やミスの指摘 ご意見大歓迎です