
阿波國風土記 編輯纂
筑波大学図書館蔵見開きNO 15
翻刻本文(R)
宮田/ミヤダ)
此祠も前に竝たる所にて 是も忌部の神に由緒あるの地なりと云云
(鬼グ城)
此の祠ハ枝名と云所也 其地に民家に妙あり
鬼グ城ハ 大丸小丸と云 山河の中へ突出たる岩山也
民家の前にて雑木生茂りたるなり
(黒河/クロガワ)
と云地アリ 黒川神社と云小祠あり 村中の氏神を竝に 赤岩と云地あり
(墓の平)
此霊に石□の盛上たる大なる塚あり 忌部の陵也と云
彼くあれとも正跡とハ冗委受
(小谷)
此祠ハ南谷と云処にあり 此祠に大石田(ヲーイハダ)と云田地あり
此田旱魃の時のいわれに 一丈四面の大石也 此下より出水滴り
その所に菖蒲と芦と自然に正し□と□といへとも又必生るなりと云ゝ
土置(ドイ)の奥
昔の世土器に焼土ヲ煉たる也との云彼くにて東山より流る川の辺りなり
大峯
此地の下を峯の岩といふ府内の地に竝ひたる祠也
赤井
と云フ処あり何もいわれハなし
【現代訳】
宮田
この地も前に並ぶ所と同じく、忌部の神に由緒ある地であるという。
鬼ヶ城
この地は「枝名」という所の中に民家があり、
川の中ほどに突き出した岩山があり、これを「鬼ヶ城」と呼ぶ。
民家の前には雑木が生い茂っている。
黒河
黒川神社という小祠があり、村中野の氏神である。
近くに「赤岩」という地名がある。
墓の平
この地には石を積み上げた大きな塚がある。
忌部の陵(みささぎ)だと伝えられているが、
正確な跡であるかは定かでない。
小谷
この地は南谷と呼ばれる所にあり、
「大石田」と呼ばれる田地がある。
その田に日干しの時期に入ると、一丈四方の大石が現れる。
その下から水が滴り、自然に菖蒲や芦が生えており、
いくつ刈り取ってもまた必ず生えてくるという。
府内
峰の北側に小高く立った土地があり、そこに立石がある。
辰巳の角に楢の木があり、未申の角の石は立石谷に至る。
戌亥の角の石は宮田谷に、丑寅の角の石はケナシ谷に通じる。
この場所を「別府」とも呼び、
忌部氏の人々が住んでいた所と伝える。
土置の奥
昔の世に、土器を作るための焼土を練ったという。
その跡は、東山村から流れる川のほとりにある。
大峯
この地の下を「峯の里」と呼ぶ。
府内の地に、そびえ立つ大石がある。
赤井
「赤井」と呼ばれる所があるが、
その由来や伝えは残っていない。
(註)この後に「烏帽子取」項(次頁・本文十二行)が続く。
【抽出トピック】
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 忌部の神域構成 | 宮田・府内・大峯が一体の祭祀構造を形成。山(大峯)→居(府内)→陵(墓の平)。 |
| 地勢描写 | 各項に「谷」「峯」「岩」「石」などの自然構成語が多く、神域境界(角石・立石)を示す。 |
| 土器文化 | 「土置の奥」「赤井」に焼土・赤土の痕跡。製陶・祭祀土器関係の地名。 |
| 信仰の痕跡 | 「鬼ヶ城」「立立ひたる石」=磐座・鬼神信仰の象徴的地形。 |
| 沈黙の記録 | 「赤井」項に“何もいわれハなし”と明記。伝承の途絶そのものを記録化。 |
【解説】
第十五頁は、阿波国風土記の中でも特に**「山から平地への信仰導線」**が明確な頁です。
大峯を神体とし、府内に立石を置き、
麓の宮田・黒河・小谷を生活圏とする構造が浮かび上がります。
「峯北よりの地立たる所」や「立立ひたる石」は、
忌部の磐座祭祀と密接に関わり、
府内=“別府”とはまさに“別殿”の意を帯びる聖域でした。
また「土置の奥」と「赤井」は、
風土記筆者が“焼土”文化(製陶・供物)を意識しながらも、
伝承が失われた事実をそのまま記しており、
阿波風土記における「沈黙の神域」の最初の例といえます。
【参照】
- 阿波国風土記巻一 第十四頁「別枝・木屋平」項
- 阿波志稿(久富憲明撰) 麻植郡部「府内・峯里・大峯」
- 『阿波国神社誌』明治編:府内神社・立石遺構
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