
阿波國風土記 編輯纂
<筑波大学図書館蔵書 見開きNO-34>
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寺院部
保久良山長寿院金勝寺
本尊 阿弥陀如来 行基之作 上品座像
鎮守 吉祥天女社
當社古ハ多門坊の地にありしを、今ハ寺の上山に移しゐたり。
三月三日祭礼を行ふなり。
本尊 普賢菩薩 恵信僧都之作。
鎮守 熊野神社。當寺ハ元法挫坊に在しを此地に移す。
王子山 西法寺。
本尊 観音□。開敷山現證律院。
鎮守 金毘羅神社。法護寺。
當院開基高憧和尚、根元は日鷲谷の西側にありしと。
恵厳和尚代の中、今の地に移す。
今の地は字か村からやと云所也。本尊も尊霊験あらき也。
(朱書)
此西法寺先代俊翁代中、普請時、土中より石材の佛六尺斗の座像出現す。
是れ何佛とも相知れ難く、所謂過去の世の佛ならしと云ふ。寶古き佛像也と見ゆ。
當院は京都小野宮の沫法像なり。
現代訳
寺院部
保久良山長寿院金勝寺。
本尊は阿弥陀如来で、行基の作と伝える上品の座像を安置する。
鎮守は吉祥天女社である。
もとは多門坊の地にあったが、今は寺の上方の山に移されている。
三月三日に祭礼が行われる。
本尊は普賢菩薩で、恵信僧都の作と伝わる。
鎮守は熊野神社で、もとは法挫坊にあったものをこの地へ移した。
王子山の西法寺である。
本尊は観音菩薩、開敷山現證律院。
鎮守は金毘羅神社、寺名は法護寺という。
当院の開基は高憧和尚で、もとは日鷲谷の西側にあったが、恵厳和尚の代に現在の地に移した。
今の地は「字か村からや」と呼ばれる所である。本尊も霊験あらたかである。
(朱書部分)
この西法寺は俊翁の代に普請を行った際、土中から石製の仏像が出現した。
高さは六尺ばかりの座像で、何の仏かは定かではないが、いにしえの仏と伝えられている。
きわめて古い仏像であると見られる。
当院は京都小野宮の法像(ほうぞう)である。
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