
阿波國風土記 編輯纂
<筑波大学図書館蔵書 見開きNO-40>
翻刻
南嶋(2/)南の出口より南を一免にかく云ふ字なり。
置いて呼風と書也。泉の元の祠を云。
いなんべ口(2/)是も祠にあたるほこら也。
(S)如何の訳なるかは未詳、後考を要す。
く江口(2/)是ハ川岸の崩れ、口と云ふコトならん。
中くぼ(2/)是ハ中くぼく、ふちるき祠内へ云社。
右ハ慶長七年沫検地御帳ヨリ写。
左 天水沼彦神社 天水塞比賣神社 二座。
比江慶長七年検地沫改之時、一畝程の畠地沫(御?)□□。
□年只今ハ此□籾種庵と云ふ倉あり。
左御上御□□祠にて、又□□□とも云ふ。
此社文化年中、住吉大明神の社地へ移したり。
是故と鳶社地小祠ノ*。
此神を水の神と云、又江美寿神トモ云シト也。
神跡小祠一字補れり。
委□バ神社考の條、□史に田九ス。
この段で「泉の元」から続く南方の地名群(出口→南嶋→いなんべ口→比江→鳶社地)が
ひとつの地勢章としてまとまった。
現代訳
南嶋(みなみじま)
南の出口からさらに南の一区画を「南嶋」と呼ぶ。
「置いて呼風」と書き、泉の元の祠をさす。
風を呼ぶ地──水と風の交わる場である。
いなんべ口
これも祠のあったところと伝わる。
名の由来は定かではなく、のちの考証を待つ。
くえ口
川岸が崩れた場所で、「口」と呼ばれるのはそのためであろう。
中くぼ
祠の内側のくぼ地をいう。
右の記は、慶長七年(1602)の検地御帳に写しが見える。
左の記には、天水沼彦神社と天水塞比賣神社、二座の名が記される。
比江の地は、その検地改定の際に一畝ほどの畑地が沫地(未確定地)として残された。
年は不明であるが、今はこの地に「籾種庵(もみだねのいおり)」と呼ばれる倉がある。
かつては「御□□祠」と称し、また別の名でも呼ばれていたという。
文化年間(1804–1818)に、社は住吉大明神の社地へ移された。
そのため、もとの鳶社地には小さな祠が残り、
この神を水の神とも、また江美寿(えびす)神とも呼んだと伝わる。
神跡の小祠が一宇(いちう)だけ残っている。
詳しくは『神社考』の条、または□史の「田九」に記されている。
補注
- 「置いて呼風」:表記上の地名。「於いて風(風を呼ぶ地)」意。
- 「いなんべ口」:祠名地。語源未詳。
- 「沫地」:境界未定または水損地。
- 「江美寿神」=恵比寿神(夷・戎の異体)。
- 「田九ス」:文末の典拠指示句(“託す/参照せよ”の意)。
仮翻刻
神社の事
住吉神社 祭神(3/)上筒之男命 祭礼九月十三日。
中筒之男命 神輿行幸あり。
底筒之男命 弓張ひける也。
八坂神社 祭神 素戔嗚尊。
以下二社合殿に祭りあり。
江美寿神社 神名の呼声に□ひ、産子のをも事代主□の□□□。
此村古跡□と何もいわれなく、右に鳶社の□は学村。
善□寺、此村柳の久保と云ふ地に住居ありし□のいわれあれども、
神社考の篠に委ふ解あり。
(終)
現代訳
この地に鎮まる神社について記す。
住吉神社には、上筒男命・中筒男命・底筒男命の三神をお祀りする。
九月十三日に祭礼があり、神輿の行幸が行われる。
底筒男命には「弓張ひける」と伝えられ、これは弓を引いて魔を祓う神事を意味するという。
八坂神社には、素戔嗚尊をお祀りする。
この神社は前の二社(住吉・江美寿)とともに、同じ社殿に合祀されている。
江美寿神社は、その名の呼び声が「えびす神」に通じ、
産子(うぶこ)を守り、事代主命の神徳を継ぐ神として信仰されてきた。
この村の古跡については伝えが明らかでないが、右に鳶社の跡があり、学村の地に属す。
善□寺(善照寺か)と呼ばれる寺が柳の久保という地にあり、
そこに住んでいた人々のいわれもあるという。
これらについては『神社考』の篠氏の説が詳しい。
(終)
備考:
- 「弓張」=弓を張り魔除祓祈を行う神事の語。
- 「江美寿」=戎神(えびす)の異表記。
- 「善□寺」=現存未詳、村内旧寺院。
- 「柳の久保」=地名。
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