
阿波國風土記 編輯纂
<筑波大学図書館蔵書 見開きNO-75>
阿波国風土記 巻一 第七十五頁右
一 中古川末の地に新田義次の二男義宗あり。
二 義宗勇義谷義右両人、義貞・義伍左に討死の事あり、これ阿波の国に伝ふ。
三 を□□し、阿波の国□□□にいたり、死を遂げたり。新田家の流義なり。
四 大明神と号し、五月十五日、菖蒲藪〔朱書:女ニテハ吾也〕と神ささげ。
五 社を建て奉祀し、五月八日、義□□の廓也と云ふ。
六 忌部古社是ぃ、天日鷲命の機を織りたまふ所と云ふ。
七 常盤也、号菖蒲新田の社なり。
八 新田と記す其の氏神を祀り、此新田の両社も忌部神なり。
九 其跡と伝え来れりと云ふことあれども、しかあらし。憲明曰、古新田なり。
十 足利尊氏の如く南朝北朝を補佐したれども、新田義次、暦応二年に及ぶ。
十一 元年閏年。
十二 七月、越前黒丸にて□□自殺の後に、南朝の忠将、東西に分る也。
訓読
中古、川末の地に新田義次の二男義宗あり。
義宗勇義谷義右の両人、義貞・義伍左に討死の事あり、これ阿波の国に伝ふ。
阿波の国にいたり、死を遂げたり。新田家の流義なり。
大明神と号し、五月十五日、菖蒲藪〔朱書:女ニテハ吾也〕と神をささぐ。
社を建て奉祀し、五月八日、義□□の廓なりと云ふ。
忌部古社これ、天日鷲命の機を織りたまふ所と云ふ。
常盤なり。号して菖蒲新田の社とす。
新田と記す其の氏神を祀り、此の新田の両社も忌部神なり。
その跡と伝へ来れりと云ふことあれども、しかあらじ。憲明曰く、古新田なり。
足利尊氏のごとく、南朝・北朝を補佐したれども、新田義次、暦応二年に及ぶ。
元年閏年なり。
七月、越前黒丸にて□□自殺の後、南朝の忠将、東西に分かるなり。
補注概要
- 行1–3:新田義宗・義勇らの阿波来住と戦死。
- 行4–5:神号「大明神」→社創建「廓」→祀日確定(5月8・15日)。
- 行6–8:忌部古社=天日鷲命織所との合流、常盤=菖蒲新田権現所在地。
- 行9:久富憲明注記。「古新田」=実地同定。
- 行10–12:南北朝史背景・義次暦応二年(閏年七月黒丸)討死・忠将分散。
翻刻
(m75/L)
① 是山中を撰れて此地に来る也スデニ麻植郡川井村ニも新田祠とて
② 阿り當山喜良いと云ふ地天日鷲命御詰座ありし故喜良いの沫号
③ 杯いえども忌部神も臣下の神也なん皆此神の詰座及しとて
④ 沫号とハ謂らべかりしを藤グ盛寶なし藤と云り免也詅なりの梅
⑤ 麻釜忌部神麻を焚し号と云御魂蒻忌部の神玉の色し祠と云
⑥ 忌部古社治比岩屋是ハ天日鷲命の機を織たとふ号ト云
⑦ 此古跡ハ皆ゝむらしき号也又此地の謂れハ天照皇太神日鷲命に
⑨ 當社に詰座ましましてたまふ然るに延喜式東郡ニ沫割阿るにより
⑩ 今ハ麻植郡も美馬郡になりたりと云麻植の社と記是也ト云
⑪ 當号において命かんすりたまふと云境内ニ沫魂を納免
① この地は山中から選ばれて移り来た場所である。すでに麻植郡川井村にも、新田祠と称する社が存在している。
② 当山は「喜良い」と呼ばれる地で、天日鷲命がここにおいて御詰座されたため、「喜良い」の沫号が生じたのである。
③ □ではあるが、忌部神もまた臣下の神であり、皆この神がここに詰座されたと伝えている。
④ 本来、沫号と称すべきところを、藤が盛んに繁茂し、宝もなく、藤と呼ばれるようになったという。これは仮の名であり、梅のようなものである。
⑤ 麻釜忌部神とは、麻を焚いたことによる号であるといい、御魂蒻忌部の神は、神玉の色を帯びた祠であるという。
⑥ 忌部の古社である治比岩屋は、天日鷲命が機を織ったことに由来する名であると伝えられている。
⑦ これらの古跡は、いずれも村に関わる号である。また、この地の由来は、天照皇太神と日鷲命に関わる。
⑨ 当社にはかつて神が詰座されていたが、延喜式において東郡に「沫割」が記されたことにより、
⑩ 現在では麻植郡も美馬郡となったといい、「麻植の社」と記されているのがこれであるという。
⑪ この号において命が勧請されたといい、境内には沫魂が納められている。
抽出トピック
- 新田氏流義の来歴伝承
・新田義次―義宗(義次の二男)を軸にした系譜・武功・末路の伝承
・義貞/義伍左など、討死・自殺(越前黒丸)を含む「阿波に伝わる」物語枠
・南朝忠将の分裂(東西に分る)という時代枠の提示 - 「新田」地名・社号の生成
・「山中から撰ばれて此地に来る」=移住・開発(新田)由来の語り
・麻植郡川井村にも「新田祠」あり、同系の社号が複数あることの示唆
・「古新田」という言い方で、後世の新田と区別する意識 - 忌部古社としての正統ライン
・「忌部古社」「天日鷲命の機を織りたまふ所」という核フレーズが両段に共通
・新田系の社であっても「両社も忌部神なり」と、祭神系統を忌部へ寄せる構造
・治比岩屋=織機伝承の場(機を織た)という聖地化 - 号の層(沫号/藤の号/麻釜の号)
・喜良い(地名)→ 天日鷲命の御詰座 → 「沫号」
・本来の号と、後から付いた号(藤が繁茂して藤と云る…)の対比
・麻釜忌部神=「麻を焚」いた行為由来の号(祭祀行為が号を生む) - 延喜式・郡名変動での位置づけ
・「延喜式東郡ニ沫割阿る」=式内記載と地名(沫割)の紐づけ
・麻植郡/美馬郡という郡区分の変化に触れて、現状の地理へ接続
・「麻植の社と記是也」=当社比定の結論づけ - 境内の物質(納免・奉納対象)
・「境内ニ沫魂を納免」=魂(または魂名の対象)を納める施設・物の存在
・前段の「神ささげ」「奉祀」と合わせ、物質奉献・奉安の語りが一貫 - 朱書の割り込み(異質レイヤー)
・〔朱書:女ニテハ吾也〕が混入しており、本文の伝承線と別レイヤーで走っている
(※本文理解とは切り分けて扱うのが安全)
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