
阿波國風土記 編輯纂
<筑波大学図書館蔵書 見開きNO-100>
(m100/R)
② 宮の嶋天村雲神社 祭神 臍緒神 神号聖神(朱/ヒジリ)と号ス
③ 是此社ハ京都吉田殿にある八神殿の神の教にして八神殿ハ
④ 人の躰を生スル神より生れ出ニへ食となし生長して家業に
⑤ 渡り生涯を全く終る迠を写りにたとふ神を祭りたる也
⑥ 第一神産日神(朱/是臍の緒の神也)うぶの神と云ふハ是也第二ハ
⑦ 高皇産霊尊(朱/人体を化る神也)第三玉積産日神
(朱/是ハ魂魄夫也)
⑧ 第四生産日命(朱/此神ハ寿命を司トル也)第五足産日神
(朱/是ハ人ノ躰何の人の家を写り命を化る事を司トル
フソクモナキ様に具足サス神也)
⑨ 第六大宮賣命(朱/又宇受賣命)是ハ奥津姫命竈神ナリ
⑩ 第七御食神此御神ハ目鼻口臍陰門管より五穀又蠺を生しのふの
(m100/L)
① 御神にして則 伊勢外宮豊受皇神也又稲荷大明神也
② 五穀の祖神にて宇迦之御魂命ト甲奉留則此□御国
③ 阿波の国の主 大宣都比賣神モ此御事也第八事代主命
④ 此御神大巳貴命の御嫡男八重言代主命ト云人の□数を
⑤ 司トリのふ則恵美寿の神也是故ニ今人形に化るても
⑥ 其形にこゝ笑ふ姿也俗に福の神といふハ此の神也
⑦ 下野国河内郡二荒山神是也類聚國史十六巻曰
⑧ 貞観十一年二月廿八日丙辰干支日正二位の御位を下さる
⑨ 此神人局一生の業を教へ導きのふ御□なり
⑩ 此八座の神を吉田神樂園の八神殿の祭神なり
m100(R)現代訳
② 宮の嶋にある天村雲神社では、臍緒神を祭神とし、神号を「聖神(ひじり)」と称している。
③ この社は、京都吉田殿にある八神殿の神の教えによるもので、八神殿とは、
④ 人の身体を生み出す神より生まれ、食を得て成長し、家業に従事し、
⑤ 生涯を全うするまでの人の一生を、写しになぞらえた神々を祀ったものである。
⑥ 第一は神産日神であり(これは臍の緒の神である)、産神と呼ばれるのがこの神である。第二は、
⑦ 高皇産霊尊(これは人体を成り立たせる神である)。第三は玉積産日神(これは魂魄の神である)。
⑧ 第四は生産日命(この神は寿命を司る)。第五は足産日神で、
(この神は人の身体がどの家に宿り、命を成り立たせるかを司り、欠けることのないよう完全に備えさせる神である)。
⑨ 第六は大宮賣命(また宇受賣命ともいう)。これは奥津姫命、すなわち竈の神である。
⑩ 第七は御食神で、この神は目・鼻・口・臍・陰門などから五穀や蚕を生じさせる神である。
m100(L)現代訳
① この神は、すなわち伊勢外宮の豊受皇神であり、また稲荷大明神でもある。
② 五穀の祖神であり、宇迦之御魂命として申し奉り、これをこの御国(※)の神とする。
③ 阿波の国の主である大宣都比賣神も、またこの神である。第八は事代主命である。
④ この神は大巳貴命の嫡男で、八重言代主命といい、人の□数を
⑤ 司る神であり、すなわち恵比寿の神である。そのため、今日では人形の姿に表され、
⑥ その姿はにこやかに笑っている。世間で福の神と呼ばれるのはこの神である。
⑦ 下野国河内郡の二荒山神がこれである。『類聚国史』巻十六に、
⑧ 貞観十一年二月二十八日、丙辰の日に正二位の位を授けられたと記されている。
⑨ この神は、人が一生にわたって営む業を教え導く神である。
⑩ これら八座の神を、吉田神楽園の八神殿の祭神としている。
※②「此□御国」・④「人の□数」・⑨「御□なり」は、原文尊重のため意味を限定せず訳出。

阿波國風土記 編輯纂
<筑波大学図書館蔵書 見開きNO-101>
① 今此宮の嶋なる臍の緒大明神とハ此第一の御神ならん
② 然るに神号を聖神と祟免するハ□人局の事において
③ 通せざる事なき知慧のふかくを聖ト云漢出ニおいてハ
④ 魯の国大聖人文宣王名丘氏姓ハ孔字仲尼と云たる
⑤ 人の教にて□日の本にてハ神□代にてハ八意思思兼命
⑥ 又中昔にてハ菅原右大臣道真公神去りて後天満大自在
⑦ 威徳天神と祟奉ふ此人の如きをいふなり是故に
⑧ 天村雲命 伊自波屋姫の二神を祭神号とせざるハ何の
⑨ より処もなきたわれ事ならんと云 云
L① かくあれバ此社ハそぶきて何を□ぬるに志かじ
(現代訳)
① いま、この宮の嶋にある「臍の緒大明神」とは、先に述べた第一の御神のことであろう。
② しかし、神号を「聖神」と称して祀るというのは、一般に人の社会的な務めや立場の事において、
③ 行き届かないところのない深い知恵を「聖」と呼ぶのであり、漢の学においては、
④ 魯の国の大聖人・文宣王、名を丘、氏を孔、字を仲尼という人物(孔子)がそれに当たる。
⑤ 人の教えとしてはこのようであるが、日の本において神の時代で言えば、八意思兼命がこれに当たる。
⑥ また中世においては、菅原右大臣道真公が没後に、天満大自在威徳天神として祀られたが、これも同様の人物である。
⑦ このような例を指して言うのであり、だからこそ、
⑧ 天村雲命・伊自波屋姫の二神を「聖神」という神号で祀らないのは、
⑨ 何の根拠もない、取るに足らない考えであろう、と述べている。
L① このように考えるならば、この社は、表面的に振る舞うのではなく、何をなすべきかを志すのがよい。
100〜101(L①まで)トピック要約(
本段は、宮の嶋天村雲神社の祭神と神号をめぐり、
中央的・官的な神道思想からの整理と是正を行った章である。
まず、八神殿思想を用いて
人の誕生から生涯・家業・社会的役割に至るまでを
神の段階構造として体系化し、
阿波の社伝を思想モデルの中に位置づけている。
続いて「聖神」という神号について、
それは本来、
孔子・八意思兼命・菅原道真のような
人の知徳・教化に関わる存在に与えられる称号であり、
天村雲命・伊自波屋姫のような神に用いるのは
拠りどころのない誤用であると、強く否定している。
全体を通して、
神と人、神代と人代を明確に分ける姿勢が一貫しており、
阿波に見られる
生活・地霊と直結した信仰や神号の自由な拡張に対して、
かなり厳しい視線が向けられている。
結語では、
神号や外形を飾ることよりも、
その社が何をなす場であるのかを自覚せよと説き、
阿波の社に対する戒めとして締めくくられている。
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