

阿波國風土記 編輯纂
<筑波大学図書館蔵書 見開きNO-5~6>
再読翻刻予告
一度目の読み込み・掲載分は、そのまま記録として残しておきます。
本稿では、**誤読発見・再考察(深読みする前提の視点)**として、
再読を行っていきます。一読目で見逃したものはなかったか。
どうすれば、より忌部の思想・思考に近づけるのか。
それを楽しみに、あらためて再読を進めていくつもりです。
一読目の大まかな感想として、
阿波国風土記には「隠された」「消された」という強い感触は掴めませんでした。
むしろ、中央(中臣か)による検閲を意識した、
全体に穏やかな記述であるという印象です
。確かに、中央ではあまり聞かない神名も登場しますし、
女性格の神名も多く見られます。
しかし、中央との乖離を強く訴えているようには感じられませんでした。
ただ、南北朝時代の「北条の賊」という表現には、少し笑ってしまいました。
また、妙見信仰――北辰・北極星信仰が、
緩やかに融合していく記述を読み、
中心である北極星は動かず、周囲が巡るという感覚的信仰に、
忌部の思想に近いものを感じました。
韓の子孫が来たという記述についても、
それを秦氏の祖と断定することなく、
阿波忌部へと融合していったかのように描かれている点が印象的です。
さらに、天太玉命が祀具と祝詞を奉じたという記述――
これは中臣氏にとって、都合の悪い内容だったのではないでしょうか。
そのことを思わせる記述も、いくつか見受けられました。
これらについては、今後の再読の中で、
年代考察・神名・祭日などを深く掘り下げながら、
おいおい考察していく材料として提示していく予定です。
再読を進めていく中で、
また新しい発見があることを信じて、
読みを重ねていきたいと思います。
① 阿波國風土記 巻之一
② 久富憲明 謹撰
③ 麻植郡部
④ 抑此阿波の国麻植郡云ふ郡名の起源たるや
天照皇太神
⑤ 御第神素戔嗚尊溺汚於新嘗祭宮又屬
太神自織神服
⑥ 剥天斑駒投諸室中ニ大日孁貴驚動
入天石窟閉戸幽居
⑦ 焉六合之中不辯書一夜
於是群神會天安河桐謀聚長鳴
⑧ 難掘取香山五百真阪樹懸以瓊鏡
青白幣功績のいと高き
⑨ 神等のその中に炳然
天日鷲命して神武天皇の御時
⑩ 御時大和國長脛彦者背ニ王命に依シ
御東征ニ功績ありける
⑪ 御同名の御神坐
今の世にも家勢に勲印ありし者の名をバ
後世の子孫受次て名乗ふ阿るグ如き也
⑫ 天照皇太神の御時と神武帝之御時と
同神同名
⑬ 此功績をして本邦に封村ウ禮たまひ
此麻植郡に鎮座したまふハ
神駮傅国史に詳なれぞ
⑭ 干慈田九しぬ
⑮ 此麻植郡ハ根元延喜式なるハ
如斯ならんクと思けらしぬ
⑯ 又和名類聚抄等ニも
四郷に分れ
⑰ 呉島(久礼之萬)
忌部(伊無倍)
川島(加波之萬)
射立(伊多知)
(現代訳)
神武天皇の御代、大和国の長髄彦は王命に背いたが、この東征には功績を立てた。 同じ名を持つ神が鎮座していて、今の世でも家筋に勲功の印のある者は、その名を後の子孫が受け継いで名乗ることがある。 天照大神の御代と神武天皇の御代に「同じ神・同じ名」があるのも、そのような事情からなのだろう。 この功績によって本邦に封じられ、麻植郡に鎮座したということは、神の伝承や国史に詳しい。 しかし(以後のことは)欠けて伝わらず、麻植郡の根元は延喜式などに見えるのは、このような理由によるのだろうと思われる。 また『和名類聚抄』などにも、四つの郷に分かれるとあり、呉島(久礼之萬)、忌部(伊無倍)、川島(加波之萬)、射立(伊多知)である。
トピック
① 天日鷲命=神武東征に関与した「功績神」
- 長髄彦が王命に背いたという政治的混乱の中でも
東征そのものには功績があったという評価が置かれている。 - 天日鷲命は、単なる祖神ではなく
国家形成期に実務的に関与した神格として描かれる。
→ 忌部=祭祀だけでなく「国家事業参加層」という像が浮上。
② 神名=家名としての継承(神と血統の接続)
- 「同名の御神坐」「子孫が名を受け継ぐ」という記述から、
神名が家名・称号として世俗に継承される構造が示されている。 - 神は超越的存在というより
系譜と役割を持つ“名”の核として扱われている。
→ 忌部氏の正当性は「血」よりも「名と職」によって支えられる。
③ 天照期と神武期に「同神同名」が存在する理由付け
- 天照皇太神の御代と神武天皇の御代に
同じ神名が現れることを矛盾とせず説明しようとする姿勢。 - これは神話の重層化ではなく、
制度的・職掌的な連続性の説明になっている。
→ 神話を「物語」ではなく「運用履歴」として読める重要箇所。
④ 功績 → 封村 → 郡成立という因果モデル
- 功績を立てた → 封じられる → 郡に鎮座する
という 行政的ロジックが明確。 - 麻植郡は「自然発生」ではなく、
功績に基づく編成単位として語られている。
→ 風土記の中でも、かなり珍しい「制度説明型」段落。
麻植郡部は、天日鷲命を「神話的存在」ではなく、
神名を継承し国家形成に功績を持つ存在として描き、
忌部氏と郡成立を“制度の履歴”として説明している点に特徴がある。

思考は、祈るだけでは進まない。耕して、はじめて実る。
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