古語拾遺と阿波国風土記
最初のころに書いた文章を読み返すと
忌部という名を
少し大きく受け取りすぎていたように思います
阿波
麻
天日鷲命
斎部
古語拾遺
阿波国風土記
これらが並ぶと
どうしても
阿波忌部の存在を
日本の根の部分に置きたくなります
その気持ちは
今もあります
阿波に残る地名や神社
麻植という名
天日鷲命の伝承
忌部氏の職能
これらを軽く見ることはできません
ただし
そこからすぐに
忌部が日本文化の根本である
神道の清浄観は忌部そのものである
阿波国風土記は中央にとって都合が悪かった
だから隠された
というところまで進んでしまうと
資料を読むというより
こちらの思いを資料にかぶせることになります
これは避けなければなりません
古語拾遺は
斎部広成が
忌部氏の由緒と職掌を述べた書です
そこには
中臣氏との関係を意識しながら
忌部氏の役割を伝えようとする力があります
つまり古語拾遺は
中央の祭祀制度の中で
忌部が何を担ったのかを語る資料として読む必要があります
一方で
風土記は
朝廷の命によって
地方の地名
産物
伝承
神祇などを記した地誌です
阿波国風土記に忌部の影が見えるとしても
それは古語拾遺と同じ語り方ではありません
阿波国風土記は
阿波という土地の中に残る
神名
地名
社名
村の由来
古い伝承を記したものです
そこに忌部が濃く現れる可能性はあります
しかし
阿波国風土記そのものを
忌部の土地記録
と決めてしまうのは早すぎます
阿波には忌部が濃い
けれど
阿波国風土記は
忌部だけの資料ではない
ここを分けておく必要があります
また
中央忌部と
阿波忌部
あるいは地方忌部の間には
記憶の残り方にずれがあったかもしれません
中央では
氏族の由緒や職掌として語られる
地方では
土地の名
山や川
社
麻
村の伝承の中に残る
同じ忌部でも
中央で語られる忌部と
土地に沈んだ忌部の記憶は
同じ姿ではなかった可能性があります
ただし
ここでも急いではいけません
中央忌部は作為した側
阿波忌部は本物
という二分法にしてしまうと
また別の物語になります
中央には中央の事情があり
地方には地方の残り方がある
その間に
齟齬
ずれ
言い換え
取り込み
忘却
再解釈があったかもしれない
今は
その可能性を置いておく程度でよいと思います
ここから少しだけ
私なりのとんでも説を書いておきます
とんでも説なので
断定ではありません
阿波国風土記が
もし中央の制度語ではなく
土地に残る神名や地名を強く記していたとすれば
そこには
中央忌部が語った忌部とは違う
もっと土地に近い忌部の記憶が
残っていた可能性があります
中央忌部は
宮中祭祀の中で
自分たちの職能を説明する必要があった
しかし
阿波や地方に残った忌部の記憶は
制度の中で語られる前の
土地の仕事
麻の仕事
社の仕事
山や川と結びついた仕事として
残っていたのかもしれません
もしそうなら
古語拾遺と阿波国風土記の違いは
正しいか間違いかではなく
制度に上がった忌部と
土地に残った忌部の違い
として見えるかもしれません
これが今の私のとんでも説です
ただし
ここでまた大きく書きすぎると危ない
阿波国風土記が隠された
阿波国風土記は祀られた
阿波こそ本つ国である
こう書けば
文章としては強くなります
けれど
今はそこまで行きません
残っていないものは
残っていないものとして置く
見える言葉は
見える言葉として読む
仙覚抄に残る逸文は
逸文として確認する
古語拾遺は
古語拾遺として読む
阿波国風土記は
阿波国風土記として読む
そのうえで
重なるところだけを
静かに拾う
重ならないところは
無理に結ばない
忌部を大切に思うからこそ
忌部を大きく見たいからこそ
資料を曲げてはいけない
大切に思うものほど
きれいな物語にしてしまいやすい
だからこそ
今は
きれいに結ばないことを
大事にしたいと思います
阿波忌部を大切に読むために
阿波忌部を神話化しすぎない
古語拾遺を重く見るために
古語拾遺を万能の答えにしない
阿波国風土記を追うために
阿波国風土記にない言葉を足さない
ここからもう一度
地味に読み直します
派手な結論ではなく
残った言葉から
中央の記憶と
地方の記憶と
阿波の土地に残る気配を
ゆっくり分けて見ていきたいと思います



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