踐祚大嘗祭を宮中祭祀から考える
大嘗祭は一般には即位後はじめて行われる新嘗祭と説明されます
ただ宮中祭祀の流れから見ていくと
単なる収穫感謝だけではなく
天皇と皇祖神
そして天神地祇との関係を
あらためて結び直す儀礼として読むこともできるように思います
もっとも
ここで書くことは
確定した儀礼解釈ではありません
延喜式などの儀式書
宮中祭祀の構造
忌部氏の職能伝承を手がかりにした
私なりの読み直しです
断定ではなく
検討途中の覚え書きとして置いておきます
宮中祭祀には
天照大神を祀る賢所
歴代天皇や皇族の霊を祀る皇霊殿
天神地祇を祀る神殿があります
この三つを
単純に一つの体系へ押し込むことはできません
ただ宮中祭祀を考えるうえでは
皇祖神との関係
天皇祖霊との関係
天神地祇との関係
この三つを分けて見る必要があります
大嘗祭は
この三つの関係が特に濃く重なる祭儀として
見ることができるかもしれません
ただし
天統
人統
地統
といった言葉で一気にまとめてしまうと
少しきれいに整えすぎになります
ここでは
宮中祭祀の複数の層が
大嘗祭において強く意識される
という程度に留めておきます
大嘗祭について考える時
注意しなければならないのは
儀式の全体像を
後世の説明や近代以降の印象だけで
組み立ててしまうことです
大嘗宮の造営
潔斎
悠紀殿と主基殿での供饌
神饌
神服
神座
調進品
それぞれに関わる職掌や素材があります
忌部氏については
古くから祭具
幣帛
麻
木綿
神衣などとの関係が語られてきました
そのため
大嘗祭における麻や布
神服
幣帛の扱いを考える時
忌部氏の職能を視野に入れることはできます
ただし
ここで注意すべきなのは
麻がある
布がある
神衣がある
という事実や伝承から
ただちに忌部がすべてを支配していたとは言えないことです
また
麻や布をすべて祓いや鎮魂の体系に回収してしまうと
職能と教義を混同する危険があります
まずは
麻を扱う職能
幣帛を調える職能
神衣を奉る職能
祭具を整える職能
それぞれを分けて見る必要があります
大嘗祭や宮中祭祀を考えるうえで
麻はやはり重要な素材です
麻は衣料であり
幣帛であり
祓具でもあり
神前に供える清浄な素材でもあります
忌部氏の伝承を重ねて読むなら
麻は神と人のあいだに置かれる
清浄な境界の素材であったとも考えられます
ただし
これをすぐに
神霊の座を織る行為
と断定してしまうと
表現が強すぎます
言えるとすれば
神衣や麻布の奉納には
神を迎える場を清め
整える意味が込められていた可能性がある
この程度でしょう
麻は
神を直接生み出すものではなく
神を迎える場を整えるもの
忌部的に言えば
神前に穢れを持ち込まないための素材であり
祭祀の場を清浄に保つための働きを持つもの
私はそのように見ています
大嘗祭には
外からは見えにくい部分があります
そのため
見えない部分をどう解釈するかが
どうしても問題になります
以前の私は
ここを神降しの沈黙といった言葉で
表現したくなりました
しかし
今読み返すと
これは少し踏み込みすぎでした
記録に見えないものを
こちらの感性だけで埋めてしまうと
資料読解ではなく
神学風の物語になってしまいます
沈黙は沈黙として残す
見えないものは
見えないものとして置く
そのうえで
忌部的読解として何を感じるかを
考察として分けて書く
この姿勢が必要だと思います
大嘗祭を宮中祭祀の中で見ると
天皇
皇祖神
天神地祇
神饌
神服
幣帛
麻
といった複数の層が重なっていることが分かります
そこに忌部氏の職能を重ねて読むことは
十分に意味があります
ただし
職能を教義に押し込めない
麻を万能の象徴にしない
見えない儀礼を勝手に補わない
資料にあることと
私の考察を分ける
この四つは守らなければなりません
大嘗祭は
確かに大きな祭儀です
だからこそ
きれいな一つの物語にまとめたくなります
けれども
阿波忌部や斎部氏の痕跡を大切に読むなら
むしろ急いでまとめない方がよい
麻は麻として
布は布として
幣は幣として
職能は職能として
そのうえで
どこまでが資料に見えることなのか
どこからが私の忌部的読解なのか
そこを分けながら
もう一度
大嘗祭を読み直していきたいと思います



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