2025年10月8日
本稿は
筑波大学附属図書館所蔵『阿波国風土記』写本に見える
神統譜上の異同を検討する試みであり
定説の変更を意図するものではありません
【凡例】
筑波大学附属図書館所蔵『阿波国風土記』写本を底本とし
頁番号は同館公開画像のナンバリングに従います
同写本には朱書き加筆が見えるため
本文と加筆部分の関係については
今後も検討を要します
阿波国風土記 巻一 第二十八頁には
忌部に関する記述が見えます
忌部の人
この地に居す
その氏は天日鷲命の裔なり
また天太玉命の子孫も共に祀職を奉る
今の忌部神社これなり
麻を植ゑ
布を織り
神の衣を奉ること絶えず
さらに同頁には
天日鷲命
その子天太玉命
またその子天比理刀咩命
これを三座の神と称す
という趣旨の系譜的記述が見える
ここで注意されるのは
天日鷲命と天太玉命の関係である
『古語拾遺』では
天太玉命は忌部の遠祖として記され
天日鷲命は天太玉命とともに麻を植え
神服を織る神として扱われる
つまり中央系の史料では
天太玉命を忌部祖とし
天日鷲命を神服奉織に関わる協働神として位置づける構成が見える
一方
『阿波国風土記』巻一第二十八頁では
まず天日鷲命の裔として忌部の人を記し
さらに天太玉命の子孫も共に祀職を奉るとする
この構成は
『古語拾遺』に見える中央系の整理とは異なる
ただし
この差異を直ちに阿波本来の神統譜と断定することはできない
考えられる可能性としては
地方伝承の反映
後世の系譜整理
写本段階での整理
朱書き加筆との関係
中央系史料との接合
などがある
また
神々の上下関係は
必ずしも血統だけによって示されるとは限らない
古代の祭祀記述では
ある神が上位に置かれる理由として
血統上の祖であることのほかに
その土地の祭祀で中心となること
特定の職能を代表すること
社や儀礼の由緒上先に掲げられること
後世の整理によって主神的に扱われること
などが考えられる
したがって
天日鷲命
その子天太玉命
またその子天比理刀咩命
という記述を
ただちに実血統としての父子三代と読むだけでは足りない
この箇所では
忌部の氏の由来として天日鷲命が先に掲げられ
天太玉命の子孫は共に祀職を奉る存在として記される
さらに
麻を植え
布を織り
神の衣を奉る
という奉織と祀職の記述が続く
このため
ここに見える上下関係は
単純な血統上の父子関係だけでなく
阿波における奉織・祀職上の職能的序列として読む余地がある
つまり
天日鷲命が上位に置かれているように見えるのは
阿波忌部の祭祀において
麻
布
神衣
奉織
祀職
に関わる中心神として扱われたためである可能性がある
一方で
天太玉命は
中央祭祀体系において忌部祖として重く扱われる神であり
阿波国風土記の記述でも
その子孫が共に祀職を奉る存在として記される
この点から見ると
同頁の記述は
天日鷲命系と天太玉命系を対立させるものではなく
阿波の地における奉織と祀職の複数系統を
同じ祭祀空間の中に接合している可能性がある
ただし
これも確定的な復元ではない
本文上確認できるのは
第一に
忌部の氏の由来として天日鷲命が掲げられていること
第二に
天太玉命の子孫も共に祀職を奉ると記されていること
第三に
麻を植え
布を織り
神の衣を奉るという
職能的記述が重ねられていること
第四に
同頁には三座の神として
天日鷲命
天太玉命
天比理刀咩命
を並べる系譜的表現が見えること
以上である
したがって本稿では
この記述を
天日鷲命を重く見る阿波側伝承の反映である可能性を持つ箇所
かつ
血統関係だけでなく
奉織・祀職という職能上の序列を含んだ記述である可能性を持つ箇所
として扱うに留める
重要なのは
この頁が単に神の父子関係を述べているだけではない点である
忌部の氏の由来
天太玉命子孫の共祀
麻の栽培
布の奉織
神衣奉納
これらが同じ記述内に置かれている
そのため
天日鷲命と天太玉命の関係については
血統関係
職能関係
祭祀上の序列
後世の系譜整理
という複数の層を分けて読む必要がある
『古語拾遺』に見える中央系の整理では
天太玉命が忌部祖として前面に立つ
これに対して
『阿波国風土記』巻一第二十八頁では
天日鷲命の裔という説明が先に置かれる
この違いは
阿波において天日鷲命が
麻や神衣奉織に関わる祭祀職能の中心として重視されたことを示す可能性がある
ただし
それをもって
阿波の神統譜が中央系より古い
あるいは中央系が誤っている
と断定することはできない
現段階では
中央系史料との差異として記録し
写本上の整理
地方伝承
祭祀職能上の序列
後世の接合
という複数の可能性を残しておくべきである
今後は
同頁の朱書き
前後頁の文脈
『古語拾遺』
『延喜式』
忌部神社関係史料
後世注釈資料との比較を行い
この系譜記述がどの段階で形成されたものかを
慎重に検討する必要がある
なお
筑波大学所蔵『阿波国風土記』写本が
どの程度まで原形を保つか
また写本時にどのような整理や加筆を受けたかは未詳である
本稿では
現時点で参照可能な重要伝本として同写本を尊重しつつ
本文の異同や違和感を
地方伝承
職能的序列
後補
写本整理
中央系史料との接合
の可能性に分けて扱う



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