阿波國風土記編輯雑纂 (明治写本)翻刻に挑戦しています 誤読/指摘/お気づきのある方(みんなで翻刻しませんか)

斎王臥淵

筑波大学図書館所蔵『阿波國風土記編輯雑纂』翻刻
同図書館情報提供済

幽玄奏上 ❦ 臥淵随想 ❦ 風土記辞書 ❦ 考察 ❦ 斎史探訪 ❦ ホームへ戻る

風の祓(はらえ)──青葉の笛と平敦盛像の再生

青葉の笛がまだ残っている

中学一年のときやったと思う。

ホームルームの時間に、担任の平田先生が黒板の前で
「青葉の笛」を教えてくれた。

一の谷の戦破れ
討たれし平家の公達哀れ
暁寒し
須磨の嵐に
聞こえしはこれか
青葉の笛

なぜか知らんけど
そのときの先生の声が
今でも耳に残っている。

同級生に聞いても
たぶん誰も覚えてないと思う。

けど俺の中では
あの教室の空気とか
窓から入ってきた光とか
黒板の前に立っていた先生の感じとか
そういうものが
変に残っている。

歌の意味を
きちんと分かっていたわけではない。

平敦盛がどうとか
一の谷がどうとか
平家がどうとか
そんなことを深く考えていた中学生ではなかった。

ただ
若い人が戦で死んだ
その人が笛を持っていた
その笛の音が
どこかに残っている

それくらいの感じやったと思う。

それがなぜか
忘れられなかった。

そんなことを思い出したのは
阿波国風土記の五十三頁に
平敦盛像の記述が出てきたからです。

平敦盛像一躯
面相温柔にして風神を含む
右手に笛を携へ
左手に数珠を垂る

※これは読み下しとして整えたもので
翻刻本文そのものとは分けて見てください。

阿波国風土記を見ていて
まさか平敦盛の名前に出会うとは思わなかった。

しかも
笛を持った像として出てくる。

この頁には
寺が焼けたあと
地中から像が掘り出された
というような話も見える。

焼けた寺。
土の中から出てきた像。
右手には笛。
左手には数珠。

これを見たとき
あの中学一年の教室で聞いた
青葉の笛が
ふっと戻ってきた。

もちろん
風土記本文が
青葉の笛の話をしているわけではない。

平田先生の授業と
阿波の敦盛像が
史料的につながるわけでもない。

そこは分けないといけない。

でも
人の記憶というのは
そういう理屈とは別のところで
急につながることがある。

須磨の浜で討たれた敦盛。
阿波の寺にあった敦盛像。
中学一年の教室で聞いた青葉の笛。

場所も時代も違うのに
笛という一点で
自分の中ではつながってしまった。

笛は声ではない。

言葉でもない。

息を通して鳴るものです。

だからかもしれないけど
青葉の笛という言葉には
説明しきれない寂しさがある。

泣き叫ぶわけでもない。
恨みを言うわけでもない。
ただ息が音になって
風の中に残っている。

そんな感じがする。

阿波国風土記の片隅に
平敦盛像の一行がある。

資料として見れば
これは寺社由緒や後世伝承を考えるための記述です。

でも俺には
それだけでは終わらなかった。

土の中から掘り出された敦盛像と
昔の教室で聞いた青葉の笛が
同じところで鳴ったような気がした。

誰も覚えていなくても
自分だけが覚えている音がある。

たぶん
そういうものは誰にでもある。

俺にとっては
それが青葉の笛だった。

阿波国風土記を読んでいて
その音がまた鳴った。

それだけの話です。

けど
こういう一行に出会うから
古い記録を読むのはやめられない。

史料は史料として読む。

でも
たまにその向こうから
自分の昔の記憶が
ふっと顔を出すことがある。

平敦盛の笛は
須磨だけではなく
阿波の記録の中にも
俺の中学一年の教室の中にも
まだ少しだけ残っていたのかもしれない。

翻刻初心者です(笑)誤読やミスの指摘 ご意見大歓迎です