線の息
巻物が語るように見えた祓の呼吸
本稿は翻刻や筆跡鑑定ではなく
阿波国風土記写本の見開きを見たときに感じた
筆線と文章配置についての随想である
本文の成立
原本形態
巻子本からの転写
筆者の意図
祓詞との直接関係
を断定するものではない
阿波国風土記の頁をひらくと
墨の下に
うっすら一本の流れがあるように見える
それは定規で引かれた罫ではない
行と行のあいだ
墨の濃淡
文字の詰まり
余白の取り方
そういうものの奥にある
筆の流れである
私はそこに
筆者の息のようなものを感じた
左頁には
川村氏兄弟の討死と自害に関わる記述が見える
血
忠義
殉節
そういう重い語が並ぶ
文も沈んで見える
一方で右頁には
天神社
王子神社
春日神社
谷ノ山神社
などの祀社に関わる記述が見える
さらに春日の項の下には
祭日
山社
野神
岐神
猿田彦
といった群祀に関わる語が詰め込まれている
一見すると
構成が乱れているようにも見える
けれど
左頁の討死の記述と
右頁の祀社の列記が
同じ見開きに置かれていることは
読む者に強い印象を残す
もちろん
この配置が意図的な対構成であるとは断定できない
写本の頁割
底本の行数
転写時の都合
後世の整理
そうした事情で
たまたまこの見開きになった可能性もある
ただ
見開きとして眺めたとき
左の血の記述と
右の祀の記述が
互いに響き合っているようには感じられる
左で沈み
右で少しほどける
そのような読みの感触がある
筆の線についても同じである
左頁の文字は
内容の重さもあって
沈んで見える
右頁の文字は
社名や神名が続くため
少し軽く流れて見える
これは筆者の呼吸を直接証明するものではない
しかし
読む側には
吸い込むような頁と
吐き出すような頁に見えることがある
私はその見開きを見て
祓いの呼吸という言葉を思った
ただし
これは風土記本文が
祓いの構造を意図している
という意味ではない
血の記述を読み
祀社の記述を読む
その順に目を動かしたとき
読む者の中で
重いものが少し鎮まっていく
その感覚を
私は祓いのように受け取った
この頁には
巻物から帳面へ写されたような
流れの名残を感じる箇所もある
行の長さ
句切れの位置
余白の取り方
一行の流れ方
それらを見ると
もとの資料がどのような形であったのか
考えたくなる
ただし
これをもって
原本が巻子本であった
と断定することはできない
巻子本であった可能性
冊子本であった可能性
別の地誌資料からの抄出であった可能性
写本段階で行取りが変わった可能性
いずれも残しておく必要がある
それでも
この写本の線には
ただ文字を写しただけではない
何かの流れがあるように見える
巻くことで守る資料
帳にして伝える資料
その二つの形のあいだに
古い記録は置かれている
忌部
中臣
国司
という語をここに重ねたくなる気持ちもある
忌部は幣帛や麻や祭具の職能を担い
中臣は祝詞や祓詞の職能を担い
国司は記録や制度の側に立つ
そのように整理すれば
形
詞
記録
という三つの層が見えてくる
ただし
この見開きだけから
忌部の祓が中臣の詞へ移り
さらに国司の記録へ制度化された
と断定することはできない
ここでは
そのような大きな歴史図式ではなく
写本を読むときに感じる
形
詞
記録
の重なりとして受け止めておきたい
左に討死の記述がある
右に祀社の記述がある
そのあいだを
目が渡っていく
その目の動きの中に
一本の線が生まれる
私はそれを
祓線と呼んでみたくなった
もちろん
これは史料語ではない
私がこの見開きを読んだときに感じた
読むための仮の名である
血の記述と
祀の記述
沈む墨と
ほどける墨
重い息と
抜けていく息
そのあいだをつなぐ見えない線
それが
この頁の中にあるように思えた
筆者が本当に
穢と祓を意識していたかは分からない
写した人が
この二面を前にして
どのような気持ちで筆を取ったのかも分からない
身を清めたのか
ただ仕事として写したのか
祭祀の記録として扱ったのか
地誌の資料として扱ったのか
それも分からない
分からないけれど
私はそこに
言上げしすぎない阿波の息を感じた
声高に語らない
ただ書き残す
血のことも
祀のことも
村のことも
神のことも
一つの頁の中に置いて
後の者に渡す
この写本の線には
そういう静かな息が残っているように思う
だから私は
この見開きを
祓の証拠としてではなく
祓のように読めてしまう頁として
心に留めておきたい



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